日本玄承社 展
− 伝統鋼芸 −

2024年5月23日(木)〜 6月19日(水)

京都府京丹後市に日本刀製作工房を構える日本玄承社は、伝統的な日本刀製作だけでなく、今の価値を反映した日本刀にも挑戦しています。今回は、樹脂封入刀「新し− ARATASHI −」の展示、さらに「玉鋼」に守護の「心」と古来より継承してきた「技」を込めて製作した庖丁、ペーパーナイフをご用意しました。

新し − ARATASHI −
伝統技術(日本刀)と現代技術(レジン)を融合させ、日本刀の持つ重要な要素の一つである「美」に大きく振り切った作品。
日本刀と共に様々な素材や模様、色彩を封じ込めることができ、美しい立体的な表現が可能です。よって特定のテーマやイメージに沿ったカスタムデザインも可能であり、個性的な作品を手にすることができます。
また、レジンに封入されているため手入れの必要がなく、不特定多数の人が集まる場所でも日本刀を容易に空間にディスプレイすることが可能です。
刀鍛冶  黒本知輝
1986年:大阪府出身
2011年:吉原義人、吉原義一のもとに入門
2016年:文化庁より美術刀剣製作承認を受ける
2018年:日本美術刀剣保存協会主催「新作名刀展」にて努力賞受賞
刀鍛冶  山副公輔
1990年:大阪府出身
2008年:吉原義人、吉原義一の元に入門
2012年:文化庁より美術刀剣製作承認を受ける
2015年:日本美術刀剣保存協会主催「新作名刀展」にて努力賞・新人賞受賞
刀鍛冶  宮城朋幸
1990年:東京都出身
2011年:吉原義人、吉原義一の元に入門
2016年:文化庁より美術刀剣製作承認を受ける
2018、19年:日本美術刀剣保存協会主催「現代刀職展」にて努力賞受賞
2020、21年:日本美術刀剣保存協会主催「現代刀職展」にて優秀賞受賞
玉鋼 TAMAHAGANE
日本刀の原材料。日本古来の製鉄法である「たたら製鉄」により作られた鋼。日本刀は玉鋼から製作するからこそ、唯一無二のものとなる。
初 Hajime
エントランスナイフ
玉鋼
日本刀と同じ製法で製作した日常で使えるナイフです。鋼でありながら独特の木目模様が現れており、さらに日本刀と同じように刃紋が入る。日本刀文化への入口という思いを込めて「初」と命名しました。封筒や段ボールの開封にご使用できます。
包丁 柳葉
玉鋼/木
柳葉包丁。包丁は華やかな刃紋を焼くのは難しい。この包丁は日本刀の刃紋の中で最も華やかなものの一つである「逆丁子乱れ」を焼くことに挑戦した包丁です。
包丁 正宗モデル
玉鋼/木
史上の刀鍛冶として最も有名と言える「正宗」。その正宗の作品とされている名物「包丁正宗」をモデルとし、小さい姿にまとめました。現代的な鮮やかな柄、腰元に透かした二筋樋(ふたすじひ)が特長です。
平造り型包丁 お守り包丁
玉鋼/木
南北朝時代の豪壮な姿、兼光の刃紋を意識した包丁です。南北朝時代(14世紀)備前国の名工「兼光」の、のたれ基調の刃紋を参考にしました。また、日本刀には「持つ人の心を支えるもの」という精神性があります。この包丁は、まさに持つ人の「心の拠り所」になるよう願いを込めて製作しました。

「日本橋木屋」は古くから、刃物をはじめとして様々な道具を扱ってきました。それらの道具は様々な名人と言われる職人に支えられてきましたが、今後職人の後継者問題などから、数えきれないほどの技術が消えていく可能性があります。それら日本の伝統伝承技術を発信するために、道具を丁寧に見せる場、道具の歴史・背景を伝えていく場として新たなスペースをつくりました。
職人の手による商品が持っている個性を生かすために、できるだけ棚の存在感を小さくするように設計しています。具体的には商品一つ一つに合わせた形状の小さい棚をつくり、その棚を商品の陳列に合わせて壁に差し換える計画としています。
小さな棚板はステンレス/スチール/FRP/木材のハイブリッド構造でつくり、極限まで薄くすることで、壁には商品と文字だけが浮かび上がるような不思議な空間となります。この一つ一つ形の違う棚板自体もまた職人によって手作りで作られています。
どんなものでも置く事の出来るユニバーサルな棚板ではなく、個性を持った一つ一つの商品に合わせて設計している棚板なので、商品が入れ替わる度に棚板も交換し、商品に合わせた「特注の空間」が出現します。
まるで美術品を観賞するかのように商品を周りからぐるりと眺めることのできる、人と物の新しい向き合い方のデザインです。


萬代基介建築設計事務所
代表 萬代基介


izutukiにてJCDデザインアワード2014金賞受賞
年EuroShop//JAPAN SHOP Award
~第3回ショップデザインアワード~ 優秀賞受賞

 
昭和10年愛媛県松山市に生まれる。幼少より父の向こう槌を打ち、鍛冶の修行をする。
昭和36年日本橋木屋に入社。昭和46年薬師寺金堂などの再建を手掛け「最後の宮大工」と称された西岡常一棟梁と出会う。昭和47年日本橋木屋を退社後、郷里に帰り鍛冶に専念する。西岡棟梁の依頼で、薬師寺再建の為の白鳳型和釘の鍛造を手掛けた。

白鷹氏は耐久性に優れた純度の高い古代釘の入手が不可能な現代、日本鋼管のSLCM材を鍛え、千年の耐久性を持つ白鳳型和釘としてその復元に成功。途中に僅かなくびれや膨らみがあり、時代による建築法の違いを考察し、再現した。薬師寺西塔、中門、回廊、大講堂などの再建に使われ、その他にも寺院や城の修復、復元に膨大な数の和釘を鍛造している。