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1792年創業。木屋は包丁を中心に様々な生活の道具を提供しています。

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TOP > 刃物考 > 会長の話2

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加藤俊男

寛政四年創業以来八代目当主。
昭和25年3月 早稲田大学工学部応用金属科(現材料工学科)卒。
昭和25年4月 株式会社木屋入社。
平成4年11月 社長就任。
平成21年8月 会長就任。

金属、刃物メーカーへの講演、指導を行ったり刃物の博士的存在。
金属をはじめ、鉄鋼、新素材関係の諸雑誌等に執筆。

鋼の熱処理について1

ステンレス鋼の熱処理をお話する前に、まずその基礎となる炭素鋼の熱処理に触れておきましょう。
常温の鋼を加熱して行くと、幾つかの段階で結晶の構成や性質が変化し、ついに溶解に至ります。この段階のそれぞれを変態点と呼びAに小さな数字を付けて、A1点、A3点などと表わします。
純鉄やそれに近い極低炭素の鋼の常温組織はフェライトと呼ばれます。常温の炭素鋼に見られるもう一つの組織は鉄と炭素の化合物でセメンタイトと呼ばれ、もろくてHV1340と高い硬度を持ちます。セメンタイトとフェライトは細かな層状に重なり、金属顕微鏡で観察するとパール色に見えるのでパーライトと呼ばれます。

photo1.jpg写真1
共析鋼の焼鈍組織(670倍)
すべてパーライト相

photo2.jpg写真2
拡大したパーライト相(1600倍)
フェライト(広い部分)+セメンタイト

炭素量0.85%の炭素鋼は全体がパーライト相で共析鋼と呼ばれます。
炭素量0.85%以上の鋼の組織はパーライト+セメンタイト相で過共析鋼と呼ばれ、炭素量0.85%以下の鋼の組織はパーライト+フェライト相なので亜共析鋼と呼ばれます。
「ハガネの話」を聞きたいと刃物好きの知人に頼まれてお話をすると、大概この辺までであくびが出てきて「カタカナの連発はもう結構、その辺は飛ばして先に進んでくれ」と言われますが、これを憶えてもらわないと先に進めないので、もう暫く我慢してください。
共析鋼を常温から徐々に加熱して行くと723度でA1変態点に達します。式の形で示せば、

会長の話図.jpg

またもここで新しいカタカナ術語、オーステナイトが登場しました。これを詳しく説明するには、純鉄の変態点からお話しなければなりません。
上述のフェライトはα(アルファ)鉄とも呼ばれ、結晶の形は体心立方です。鉄原子が立方体の8個の頂点と、立方体の中心に存在する結晶型です。通常結晶の説明に使われる球を竹ヒゴでつなげた図1/aを見ると結晶一個につき、9つの鉄原子が含まれるように見えますが、結晶1個分だけを厳密に切り出した図1/bを見ると隅の原子は1/8ずつなので、8個あわせて1個、中心の1個とで合計結晶1個に2個の鉄原子が含まれています。立方体の一辺の長さは2.86×10のマイナス8乗cmです。
純鉄(α鉄)を加熱すると910度(A3点)でγ(ガンマ)鉄に変わります。
カタカナ術語に続いてギリシャ文字まで登場してご迷惑をかけますが、術語を使わなければどうしても話が先に進まない為で、私が自慢する為に並べているのではありませんから、何卒ご容赦ください。
γ鉄はα鉄と結晶構造が違い、面心立方格子と呼ばれ、鉄原子が立方体の8個の頂点と6面の中央に各1個ずつ計6個存在します。(図2/a)一見14個の鉄原子が含まれるようにみえますが、結晶1個分を切り出した図2/bでは、α鉄でもお話したように隅の原子は1/8ずつなので、8個あわせて1個、面の原子は1/2ずつなので6面合わせて3個、従って結晶1個には合計で4個の鉄原子が含まれています。鉄原子の数が増えた分、立方体の一辺も伸びて3.62×10のマイナス8乗cmになります。

1a.jpgα鉄
(フェライト)

1b.jpgα鉄
(結晶1個分)

2a.jpgγ鉄
(オーステナイト)

2b.jpgγ鉄
(結晶1個分)

常温のα鉄はわずか0.006%しか炭素を固溶しませんが、γ鉄は1140度で2.1%、つまりフェライトの350倍もの炭素を固溶します。(註1)炭素を固溶したγ鉄がγ固溶体すなわちオーステナイトです。
炭素を含まないγ鉄を高温から徐冷すれば、910度ですなおにα鉄に戻りますが、炭素を固溶したオーステナイトを徐冷すると910度以下になってもγ相のまま頑張り、遥かに低い723度、先ほどのA1変態点でやっとα鉄+セメンタイトつまりパーライトになります。式の下の加熱の矢印は徐熱でも、急熱でも同じですが、上の冷却の矢印は徐冷でなければフェライト+セメンタイトにはなりません。
A1変態点を急冷で通過するとどうなるか?この熱処理が皆さんご存知の焼入れなのです。
ちょっと息抜きをしましょう。畳の寸法が関西と関東で違うことはご存知でしょう。京間(関西間)の方が江戸間(関東間)より広いのです。科学的には全く関係ありませんが、オーステナイトは京間、フェライトは江戸間だと考えてください。広い京間には一部屋に4人客(鉄原子)が座れます。それが江戸間になると2人しか座れなくなってしまいます。部屋の寸法がゆっくり縮めば、部屋から押し出された客はやむを得ず部屋の周りに並びます。そのまま部屋に残った客(鉄原子)がフェライト、はみ出した鉄原子が同じく押し出された炭素とくっついて部屋の外でしょんぼりしているのがセメンタイトです。普通の炭素鋼の場合はフェライトとセメンタイトの層状になりますが、熱処理の仕方では球状化したセメンタイトも存在しますから、全然無縁の話でもないと思います。

photo3.jpg写真3
800度水焼入れの共析鋼(670倍)
殆どがマルテンサイト相

photo4.jpg写真4
写真3を200度で1時間焼戻した組織(670倍)
針状組織がくずれた焼戻しマルテンサイト相

さてオーステナイトを急冷して、A1変態点を通過するとマルテンサイトと呼ばれる針状の組織に変わります。(写真3)部屋のサイズ変更も客の移動も動こうとした瞬間で固まってしまったので、大きな歪みが溜まった状態つまり大変硬くなったのです。もとのフェライト+セメンタイトの状態に戻りたい気持ちはやまやまだが、温度が低くて動けないのです。そこで少し暖めてやると式1の右向き矢印の方向に変態が進み、歪みが開放されるので硬度もやや低下する。これが焼き戻しです。(写真4)
「刃物製作で最大の急所は焼入れだ」と昔から言われていますが、温度と保持時間が正しければ、誰でも焼入れはできます。むしろその後の焼戻しがきちんと行われず、硬すぎたり脆かったりする例も珍しくありません。焼入れ・焼戻しを合わせて鋼の熱処理と呼びますが「熱処理が肝心だ」と言うべきでしょう。註1、水に塩を溶かすとある濃度までは完全に溶け合って一様な液体に見えます。同じように一様な状態(相)に見える固体を固溶体と呼びます。パーライトは金属顕微鏡で拡大すると、写真2の通りセメンタイトとフェライトの二つの相にはっきり分離して見えるので、固溶体ではありません。

顕微鏡写真は「鉄鉱の顕微鏡写真と解説」佐藤知雄編・丸善(株)発行
結晶格子の図は「百万人の金属学」幸田成康編・(株)アグネ発行
から引用しました

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